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しがらき焼 宗陶苑
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●のぼり窯とは
山の斜面を利用し、細長い部屋を数室連続し、次第々に室内の容積を大きくし余熱を利用しながら焚き上げていく形状の窯のことを言います。

火袋・大焚き
●宗陶苑の登り窯は
日本最大級のもので、現在もフル活動しています。全十一室からなり、長さ30m、巾15m、高さ3.5m。その巨大窯をいまもなお年に数回焼き上げています。

●窯焚き
棚組による窯詰作業に約40日、窯焚き7昼夜、さまし3日、窯出し、窯の補修等に10日、50〜60日で一巡。燃料は赤松割木、最前室(火袋)を約3昼夜、あぶり・中焚き・大焚きと燃焼を大きくしていきます。

(練り焚き)次に焼く一の間より品物が入れてあり、第一室より窯の両サイドから薪を入れる間焚きに移ります。15cmくらいの焚き口から薪を一本づつ放り入れ、長い薪をタテ向きに転がしていきます。
狭い焼成通路にまんべんなくまくばる技は神技とも思えます。炎は作品、棚組の隙間を縫い、天井をかえり舞い踊りながら次の部屋へと続く狭間穴(さまあな)へと流れます。

窯全体が煙突の役目をし、次・次の部屋で余熱利用していく事により燃料と時間を節約し、多量に生産できる所に利点がありましたが、現在では炎のなせる不揃い、高等技術を要する上に重労働、回転率の悪さ、小まわりがきかない等、一種品目の大量生産には不向きな為、ほとんど使用されなくなってしまいました。

しかしながら、宗陶苑では昔ながらの古き良き物を使っていただきたくて今もなお、
昔のままの姿を続けております。

窯焚き風景はこちらで御覧いただけます→


●宗陶苑の登り窯の歴史

・江戸期に築窯されたと想定出来ます。

・明治、大正、昭和初期寄合窯として協同使用されました。

・その後直方家が使用したものを譲り受ける。

・昭和二十六年に改窯、四十五年に恒り四百数十回焼成して来た前窯は最後の窯焚きをNHK「にっぽんの夜」にて全国に生放送されました。

その間、三笠宮妃殿下、スペインのホアンミロ、スウェーデンのリリアン王妃、八木一夫、能倉順吉、下村良之介等あらゆる芸術家が訪れ、この窯を使用致しました。
火袋内部
窯焚き
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